ブルネイ国で最も傑出した人物の一人であるペンギラン・ケマルディン・アルハジ氏は、1月9日午後、穏やかに死を迎え、首都バンダル・スリ・ブガワンの王立霊廟に安置された。
スルタン(ハサナル・ボルキア国王)及びサレハ王妃、モハメッド・ボルキア殿下、スフリ・ボルキア殿下及び他のロイヤル・ファミリー、並びに政府高官が、埋蔵する前に最後の敬意を表するために、ジャンサク通りにある故ペンギラン・ケマルディン・アルハジ氏の邸宅を弔問に訪れた。
邸宅は、親戚、友人、及び知人で満ちており、イスラム教の習慣としてのターリルの間、スラ・ヤアシインを朗読していた。家族が同氏ヤン・アマト・ムリアを起こそうとしたが反応がなかったのが午後12時30分頃だった。救急隊員が、直ぐに呼び込まれた。
故ペンギラン・ケマルディン・アルハジ氏の遺族は、妻のペンギラン・シティ・ラフィアさん、6人の子供(3人の娘と3人の子息)と16人の孫である。
国民は、国家の宗教教育を仕上げるために時間を捧げた真のブルネイ人を失ったことを嘆いたので、国会議員のダトー・イドリス・アバス氏は、故人を非常に素敵で、かつ控えめな人であると評した。
「同氏は、非常に思いやりがあり、また世話好きな人でした。国会では、故人のリーダーシップの下で、全ての人が、面倒をみてもらったと感じ、また誰もが、故人が聞き上手であることを知っていました。」と、同議員は付け加えた。
ダトー・イドリス氏は、「故人は、国会議員の専門知識に感謝し、アイディアに対してオープンであり、それらに対処し、考慮するのに非常に外交的でありました。」と語った。何十年間もブルネイの発展に努めた個人として、ダトー・イドリス氏は、「故人が、ブルネイの歴史について大変な知識を有しています。」と語った。
「故人は、歴史的なイベントについて話すのが好きでした。そして、それが、故人をより賞賛に値するような人にしました。」と、同議員は、小紙に語った。
「私は、同氏の旅立ちを深く悲しみ、そして非常に気の毒に思っています。
遺族の方々に心からお悔やみを申し上げます。」と、同氏は語った。
オスマン・ウキン国会議員にとって、故人のリーダーシップと知恵は、最も記憶に残っている。「故人は、議長をしていた時、非常に成功していました。」と語り、また「国会運営が常にスムースでした。」と、同議員は付け加えた。
同氏は、小紙に、「故人の国会議長としての役割は、他の多くの業績と共に、人々から尊敬の念を集めていました。」と語った。
(B.B.2012年1月10日)
前国会議長が逝去(2012.01.11 | 政治)
以下ニュースはブルネイ「ボルネオ・ブリテン」紙(B.B.)、ニュースサイト「ブル・ダイレクト」(B.D.)の記事を翻訳の上、掲載しています。

