スルタン、サラワク州首相の葬儀に参列(2017.01.16 | 外交

以下ニュースはブルネイ「ボルネオ・ブリテン」紙(B.B.)、ニュースサイト「ブル・ダイレクト」(B.D.)の記事を翻訳の上、掲載しています。

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1月12日、スルタン(ハサナル・ボルキア国王)は、サラワク州クチン市マスジド・ジャメクで催されるタン・スリ・アデナン・ビン・サテム・サラワク州首相の葬儀に参列するため、サラワク州クチン市に無事到着した。

クチン国際空港にスルタンが到着したとき、ダトゥク・モハメッド・アスフィア・ビン・ナサル・サラワク州議会議長夫妻、及びダトゥク・アブドゥル・カリム・ビン・ラーマン・ハムザ・サラワク州住宅副大臣兼青年スポーツ副大臣の出迎えを受けた。

また、ダトー・アライフディン・ビン・モハメッド・タハ駐マレーシア・ブルネイ大使も出迎えた。

スルタンは、最後の敬意を表し、それからゾホルとジェナザの祈りを行うために、ペトラ・ジャヤのマスジド・ジャメクに向かった。

スルタンは、その後、クチン市ペトラ・ジャヤにあるサマリアン・イスラム教徒墓地に於いて、タン・スリ・アデナン首相の葬儀に向かった。

タン・スリ・アデナン首相には、ダティン・ジャミラ・ビンティ・アヌ夫人、及び4人の娘と1人の息子がいる。

同首相は、1944年にサラワク州クチン市で生まれ、そしてクチン市にあるセント・ジョゼフ‘ス・スクールで初等教育を受けた。その後、豪州アデレード大学で法律を学んだ。

同首相は、1970年にクチン市で治安判事としての経歴をスタートさせた。それから同首相は政治に参加し、1987年まだの2年間、サラワク州土地開発副大臣に就任した。その後、同首相は、1987年から1992年までサラワク州土地開発大臣に昇格した。

同首相は、2004年に連邦レベルでの天然資源・環境大臣に就任した。

タン・スリ・アデナン首相は、2014年2月28日にサラワク州の第5代首相に任命された。

(B.B.2017年1月13日)