アドナン元駐日大使、旭日重光章を受章(2018.07.05 | 外交

以下ニュースはブルネイ「ボルネオ・ブリテン」紙(B.B.)、ニュースサイト「ブル・ダイレクト」(B.D.)の記事を翻訳の上、掲載しています。

p01-3_20180525

日本とブルネイ・ダルサラーム国の友好関係と相互理解の強化に寄与した功績が認められ、ダトー・パドゥカ・ハジ・モハマド・アドナン・ビン・ブンタール元駐日ブルネイ大使が、日本政府から2018年春の外国人叙勲受章者として旭日重光章を受章した。

この名誉ある叙勲を受け、アドナン元駐日大使はブルネイ国のこれまでの叙勲受章者リストに名を連ねた。過去にはハサナル・ボルキア国王、(モハメッド・ボルキア殿下(※( )内は協会による参考訳))His Royal Highness Prince Mohamed Bolkiah、(故ペンギラン・セティア・ネガラ・ペンギラン・ハジ・モハメド・ユスフ・ビン・ペンギラン・ハジ・アブドル・ラヒム氏)Yang Amat Mulia Pengiran Setia Negara Pengiran (Dr) Haji Mohd Yusuf bin Pengiran Haji Abdul Rahim、 (歯科医師のチンヤムチン氏)Dr Chin Yam Chin、 (リム・ジョクセン氏)Pehin Orang Kaya Pekerma Dewa Dato Seri Setia Lim Jock Seng や(ダトー・ハムディラ氏)Dato Paduka Haji Hamdillah bin Haji Abdul Wahabなどが叙勲を受けている。

アドナン元駐日大使は5月8日に宮中で行われた伝達式に出席し、天皇陛下に拝謁した。

5月24日に在ブルネイ日本国大使館で記者会見が行われ、アドナン元駐日大使は「二国間の友好関係を深めた功績を認めるこの叙勲を受け、私と家族は大変恐縮しています。さらに、私の義理の父である、故ペンギラン・セティア・ネガラ・ペンギラン・ハジ・モハメド・ユスフ・ビン・ペンギラン・ハジ・アブドル・ラヒム氏が取り組んだ日本との友好関係強化を引き継ぐことができて非常に幸せです。」と述べた。

「故ペンギラン・セティア・ネガラ・ペンギラン・ハジ・モハメド・ユスフ・ビン・ペンギラン・ハジ・アブドル・ラヒム氏 は、広島に原子力爆弾が投下された1945年に日本の大学で学んでいました。そして、ブルネイ国の主要大臣となってからも日本との関係を保っていました。」

「義父は64歳の時に日本政府から旭日大綬章を受章し、1985年には、駐日大使に任命されるという栄誉を得ました。また、私や妻に日本の素晴らしい思い出を語ってくれました。それは、日本について様々なことを学べる本当に楽しい時間でした。」

2005年8月から2008年10月まで駐日大使を務めたアドナン元駐日大使は、このような機会が与えられたことについて国王政府に対し感謝の意を伝えた。

「駐日大使になれたことは私にとって非常に名誉なことでした。駐日大使として、経済、健康、文化、人々の交流を通じた教育など様々な分野において、日本とブルネイ国の友好関係と相互理解を促進させる機会を与えられました。」

「国王政府、同僚、関係団体および日本の大学の皆様と共に、この受章を分かち合いたいと思います。これらの方々からの支援があったからこそ、両国の協力関係促進という任務を遂行できました。」

一方、加藤元彦在ブルネイ大使は、両国の友好関係におけるアドナン元駐日大使の貢献を強調した。

「アドナン元駐日大使の貢献に大変感謝しています。特に、2005年から2008年の駐日大使在任中のご尽力に感謝します。アドナン元駐日大使は2011年にブルネイ日本友好協会(Brunei-Japan Friendship Association )会長に就任、現在は同協会のAdviser Iを務めておられます。駐日大使在任中は、外務貿易省の無任所大使である(マスナ王女)Her Royal Highness Princess Hajah Masnaが2006年に、国王が2007年にそれぞれ日本を訪問されました。」

「日本とブルネイ国の経済連携協定が2008年に締結されました。また同年には、二重課税の回避および租税回避の防止に関する協定も締結され、両国の経済関係のさらなる強化に向けた基盤を築きました。」

加藤大使はさらに次のように述べた。「アドナン元駐日大使は2005年からブルネイ・ダルサラーム大学と香川大学の交流をスタートさせ、翌年の2006年に両大学による学術協定の覚書締結に至る道を開きました。現在、両大学は医学部生の交換留学プログラムを積極的に実施しています。」

(B.B.5月25日)