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12月11日、第36回“東南アジア青年の船”(SSEAYP)参加者約330名は、富士丸に乗船し、日本に向けて出発した。それは、参加者にとって感情的な別れだった。
参加者に対して“ボン・ボヤージュ”(良い旅を)と言いに来たのは、参加した青年達を暖かく迎えたホスト・ファミリーの人達で、ちょうど参加者達自身の家族のようでした。
ホームステイ・プログラムは、たった2日間だったが、参加した青年達とホスト・ファミリーは、永遠に続くかもしれない友好を既に作り上げていた。
ハジャ・ジャニス・ビンティ・ハジ・オマルさんの家族とハジャ・ライマ・ビンティ・ハジ・モハンマドさんの家族は、2日間にわたって4名の青年達を泊めた。そして、それらの家族達は、青年達に別れを告げるときに泣いていた。
家族の一員であるナジハトゥル・アティカさんによれば、お互いの文化や言葉を学べたので、彼らにとって素晴らしい経験だった。
「青年達は、いつも彼等の母国についての話をしてくれました。私達は、彼等が去っていくのがとても悲しいです。もっと長く滞在して欲しかったです。」
と、彼女は語った。
一方、ブルネイの人々のもてなしとブルネイの食べ物が、ラフィカ・アマリナさん(インドネシア)と遠藤ナナさん(日本)に深い感動を与えた。
「私のホスト・ファミリーは、パーフェクト以上でした。彼等は、私達に1日に5回もご馳走をしてくれました。ブルネイとインドネシアはよく似ていますので、ここでは居心地がよかったです。ブルネイは、日本に戻る最後の滞在場所ですので、さよならを言うのが辛かったです。」
と、ラフィカ・アマリナさんが語った。
「ブルネイの人々は、素晴らしい方々です。ブルネイの人々は、強い家族主義的価値観を持ち、親切で、非常に友好的です。私も、ブルネイの食べ物、特にアンブヤとソトが大好きです。」
と、遠藤ナナさんは語った。
遠藤さんはまた、
「水上村落は、マジカルな場所のようでした。私は、今までにこのような場所を見たことがありません。いつか結婚したら、エンパイア・ホテルでハネームーンを過ごすために主人をブルネイに連れて来たいです。」
と語った。
カンボジアからの参加者であるセアン・クラ・リースさんは、
「私は、最もアンブヤとテ・タリクを覚えています。私は、食べ物、文化、そしてダンスを忘れないでしょう。」
と語った。
セアン・リースさんは、クアラベライトのホスト・ファミリーに預けられた少人数のうちの一人だった。彼女は、ハジ・ザイニ・ビン・ハジ・ムニルさんの家族とともに暮らした。
インドネシアのフィトラ・マイサラさんは、水上集落とブルネイの平和な生活に感動した。
彼女は、インタビューで
「水上集落は、人々が何世紀にもわたり水上で生活し、まだその伝統を継続している素晴らしい堂々とした場所です。他の巨大都市と比べて、ここの静かで平和な生活が大好きです。来年もう一度戻ってこられることを願っています。ブルネイの参加者の一人は、結婚しようとしています。彼は、私達を結婚式に招待してくれました。」
と語った。
日本政府が主催し、アセアン10カ国が協力の下で行われているこの“東南アジア青年の船”にブルネイが参加してから24回目となる。
このプログラムの目的は、アセアン諸国と日本の青年達が、お互いの文化、ライフスタイル、並びにバックグランドについて学び、友好を深めることで、理解と協力を深めることである。
ムアラ港において行われたフェアウェル・セレモニーに、ダトー・パドゥカ・アワン・ハジ・ジェマ・ビン・ハジ・アムパル文化・青年スポーツ省事務次官が来賓として出席した。
ダトー・パドゥカ・アワン・ハジ・ジェマ事務次官はまた、各国のリーダー達に記念品を贈呈した。
(B.B.2009年12月12日)
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