歴史的背景・略史
ブルネイダルサラーム国は、この地域で最も古い王国の一つである。5世紀の資料によれば、414年にブルネイがヒンズー教・仏教の都市国家として存在していた。
イスラム教になって、ブルネイは多島海(群島)からなる最大の帝国の一つとなった。15世紀及び16世紀前半は、このスルタン国家がボルネオ島全土とフィリピンの幾つかの島々を支配し、強大な帝国をなしていた。
スペインと英国による、ボルネオ及びフィリピンの島々にあるブルネイの領土への侵略は、1571年に始まり19世紀第三四半期には最盛期を迎えた。1888年にブルネイは英国の保護領となった。
1906年に、ブルネイにおける居住制度が確立された。1人の英国人居住者が英国政府の代表として指名され、マレーの習慣、伝統、イスラム教以外の全てにおいてスルタンにアドバイスする役目を担った。この制度は、その地域にある他の英国保護領と同様の政府形態を導入したものだが、これは、ブルネイの伝統的な制度と全く異なるものであった。最初に税関、後に国家において、様々な管轄部署を形成しながら、英国人は行政上の要職を占めた。
1959年の協定により、憲法が発布され、ブルネイ政府は内政自治を回復した。1971年にその協定は、修正・改訂され、軍事・外交以外の全てについて独立性を認めるものとなった。
1984年1月1日、ブルネイダルサラーム国は主権国家として完全独立を回復した。
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ブルネイ国略史
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| 6世紀 | 中国の文献にブルネイ国らしき記述あり。 | |
| 8世紀 | 国が統一される。 当時ボルネオ島全域がブルネイとして文献に載せられており「ボルネオ」という地名は、ブルネイを西洋人が誤り発音したものと言われている。 |
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| 14~15世紀 | ボルネオ島全域とフィリピンに及ぶ強大なイスラム教国として繁栄。 (第5代ボルキア国王時代) |
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| 16~17世紀 | 1521年のマゼラン探検隊の寄港を契機に、ポルトガル・スペイン・オランダ・英国等列強の侵略を受け、領土縮小する。 | |
| 18~19世紀 | 国力弱体化しフィリピンから撤退、その後サバ・サラワクも英国に割譲。 | |
| 1847年 | 英国と友好・通商航海条約締結。 | |
| 1888年 | 英国の保護領(Protected State)となる。 | |
| 1906年 | 居住制度確立。 初代駐在英国弁務官を受け入れる。 |
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| 1929年 | ブルネイ領セリアで石油生産開始。 | |
| 1941年~45年 | 日本軍の占領下に置かれる。 | |
| 1950年 | 第28代国王オマール・アリ・サイフディン即位。 | |
| 1959年 | 9月 | 英国との協定により、憲法を制定。 |
| 1967年 | 10月5日 | 第28代国王オマール・アリ・サイフディン退位。 現国王ハサナル・ボルキア第29代国王に即位。 |
| 1971年 | 11月 | 英国との協定を改定し、自治権を取得。 (外交権は英国が所轄、軍事権は英国と共轄。) |
| 1979年 | 1月 | 英国と独立に関する協定締結。 |
| 1984年 | 1月1日 | 英国より完全独立、ブルネイダルサラーム国誕生。 |
| 1月7日 | ASEAN(東南アジア諸国連合)に加盟。 | |
| 2月 | 独立記念式典挙行。71ヶ国の各国政府代表出席。 日本からは江崎真澄代議士が特派大使として出席。 |
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| 6月 | 現地に日本大使館開設。 | |
| 9月 | 国連に加盟。第159番目の加盟国となる。 | |
| 1986年 | 3月 | 東京品川に在日ブルネイ大使館開設。 |
| 1992年 | 10月 | 国王即位25周年記念式典(Silver Jubilee)開催。 |
| 1994年 | 1月 | ブルネイダルサラーム国建国10周年。 |
| 1998年 | 8月 | ビラ王子皇太子即位式。 |
| 8月29日 | ブルネイLNG25周年記念式典開催。 | |
| 2003年 | 6月4日 | ブルネイLNG30周年記念式典開催。 |
| 2005年 | 5月24日 | 国王による内閣改造、新内閣発足。 |
| 2008年 | 8月22日 | エネルギー大臣、文化青年スポーツ大臣、産業一次資源大臣が三角異動。 |
| 2009年 | 12月4日 | 日本ブルネイ外交関係樹立25周年記念式典開催。 |
| 2010年 | 5月29日 | 国王による内閣改造。 |