教育

ブルネイ大学(UBD)は、最近カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)と覚書を調印した。

この覚書に署名したのは、UBDはダトー・ズルカルナイン・ビン・ハナフィ副学長で、UCSDはサンドラ・A・ブラウン副学長(研究担当)である。

この幸先の良いイベントの立会人として、UBDのアニタ・アジズ副学長補佐(教育及び国際化担当)、及びトン・チー・キオン教授(UBD特別顧問)が出席した。

この覚書は、両大学にとって相互に興味を持つ基礎的な研究及び高等教育での協力を目的としている。

それらには、学生達、博士課程終了の研究者、大学教師による学術的な訪問、並びに共同研究プロジェクトと出版物、及び2つの異なる研究分野-即ち、人類学と生物多様性-に関する出版物、材料、情報の交換が含まれている。

人類学と生物多様性の学問分野で著名な専門家によって、両高等教育機関は、研究プロジェクトと学術的な交流で共同作業をする。

生物多様性では、研究の対話が、環境、気候変動、並びに食料安全の研究、特に農業生産物における研究において始まった。

UCSD副学長(研究担当)であるサンドラ・ブラウン教授は、「両大学は前進させる分野を継続して検討し、優先させるので、教育、学生、並びに教授陣の訪問が、将来の共同作業を進展させ続けることを、私は確信しています。」と語った。

UCSDは、1960年に州立研究大学として創立され、現在約30,000人の学生と1,200人以上の教授陣がいる。教授陣の中には、6人のノーベル賞受賞者、4人のマッカーサー財団賞受賞者、3人のアメリカ国家科学賞受賞者、及び2人のフィールズ賞受賞者を含んでいる。

総合大学として、色々なプログラムが提供されている。その中には、医療、生化学、ビジネス、エンジニアリング、並びに海洋学が含まれている。

タイムズ紙高等教育世界大学ランキング2010-2011年版(大学の世界ランキング)では、UCSDは米国で第24位にランキングされている。これは、授業、研究、業績の列挙、外国人の比率、及び産業収入といった厳しい基準に基づいている。

一方、2012年1月4日米国ニュース&ワールド・レポート・カレッジでは、全米の州立大学で第8位にランキングされている。

(B.B.2012年1月4日)

“東南アジア青年の船プログラム”(SSEAYP)に参加したブルネイ派遣団は、12月16日に帰国した。

このプログラムでは、同派遣団が日本からアセアン諸国までの道のりを全て富士丸の船上で旅行した。

53日間の旅行は、同派遣団(アセアン諸国から約400名の青年達が参加したうちの一部)が、11月4日に最初に日本を出発し、フィリピンのマニラに向ったとき(11月10日に到着)に始まった。

それから、富士丸は、11月16日にブルネイのムアラ港に接岸した。その後、11月22日にインドネシアのジャカルタに到着し、そして11月28日にマレーシアのクラン港に到着した。

それから、12月4日にベトナムのホーチミン市に到着し、そして富士丸は、12月15日に東京に戻った。

プログラムの過程で、参加者は、文化交流とともに、多くのリーダーシップ育成活動に関与した。そして、このプログラムに関与した色々な国々を訪問中に、参加者はまた、ローカルの文化を吸収するために、ホームステイに参加した。

同プログラムそのものは、各国についての討論、紹介、並びに慣れ親しむこと、また富士丸の船上及び参加者が訪れた国々の両方で行なわれた様々な交流活動に参加することにより、世界についての彼らの視野を広め、国際協力における彼らのモチベーションや能力を高めるために、日本と東南アジア諸国の青年達の間で友好と相互理解を深めるのを目的としている。

(B.B.2011年12月17日)

ブルネイ大学(UBD)とブルネイ工科大学(ITB)の学生28名は、2名の教師の監督の下、日本/ブルネイ二国間の既存の関係を更に深めるともに、日本の生活様式や日本の文化を体験し、洞察するために、12月12日~20日の間、“21世紀東アジア青少年大交流計画”(JENESYS)の一環として日本を訪れる予定である。

12月11日に参加者のために開催された歓送式典において、広瀬哲樹日本大使は、オープニング・スピーチで、「JENESYSプログラムは、2007年1月の第2回東アジア首脳会議(EAS)で、当時の安倍晋三首相が提案したものです。この5年間のプログラムの下、日本は、主にEAS加盟国から毎年6,000人程度を招待します。」と語った。

「このプログラムの目的の一つは、アセアンと日本の青年達の間で、友好と理解を深める機会を提供することです。それらの青年達は、私達の地域のために明るい将来を築く予定です。」

「このJENESYSプログラムは、1977年に当時の福田赳夫首相が、アセアン諸国に対する日本の基本的なスタンスの一つとして差し出した心と心の触れ合いの精神を具体化することです。日本政府及び日本国民は、JENESYSが最も重要であるプログラムを通して、他のアセアン諸国とその国民とともに、ブルネイ政府との関係を拡大し続けています。」

「今年のプログラムのテーマは、環境です。言うまでもなく、環境は、あらゆる国がそれらの発展のプロセスで直面する最も重大な世界問題の一つです。そして、国境を越えてインパクトを与えます。2009年の第12回アセアン日本首脳会議におけるスルタン(ハサナル・ボルキア国王)の談話での確認している通り、日本は、エネルギー効率と環境マネジメントで主要な役割を演じてきました。」と、広瀬大使は語った。

ブルネイ代表団を代表して、モハンマド・ナズリマ・ビン・アブドゥル・ラーマン君は、スピーチで、「日本の業績から、広瀬大使は、このプログラムが参加者に、限られた資源の制約と持続可能な発展レベルの維持を考慮して、どのように環境問題に対処し、またそれらの問題に取り組むためのテクノロジーを開発してきたかを学ぶ大きな機会であると思っています。」と述べた。

「本日、私達は、非常に幸運です。何故ならば、私達は日本文化を体験するためにまもなく日本に向けて出発するからです。私達は、ただ単に二国間の関係を深めるだけでなく、東海大学の学生達や日本滞在中にお世話になるホームステイ先の家族との友好を築くとともに、私達の考えを共有したいとも思っています。それとは別に、私達は、環境と再生可能な資源といったトピックスについて勉強したいです。このJENESYSプログラムに参加することは、大きな名誉です。」

モハンマド君はまた、「JENESYSプログラムの間に、参加者全員は、訪問中に文化パフォーマンスを行います。そして、全ての参加者が、文化パフォーマンスを準備するのにできるだけのことをしてきました。参加者全員が練習する時間が短かったとしても、参加者全員が微笑みと熱意をもってそのプロセスを楽しんだと思っています。参加者は、美しい日本を訪問し、大学生や長野でのホームステイ先の家族との交流を非常に楽しみにしています。」

この歓送式典に、主賓として、ダトー・ハムディラ・ワハブ・ブルネイ日本友好協会(BJFA)顧問が、同協会のパイオニアとして出席した。

参加者へのアドバイスとして、ダトー・ハムディラ氏は、「学生達は、歌舞伎座、東京タワー、皇居等といった色々な場所を訪問することで、日本文化の体験を楽しんで欲しいです。」と述べた。

同氏は、「BJFAが、二国間関係、特に教育の分野で関係を更に深めることができるように、このプログラムに関して参加者からフィードバックをもらうことを楽しみにしています。」と付け加えた。

(B.B.2011年12月12日)

12月5日、ブルネイ代表団は、“21世紀東アジア青少年大交流計画”(JENESYS)アセアン・ミックス・プログラムの一環として、日本への旅行に出発する前に、家族や友人達にさよならを述べた。

日本政府が資金提供するこの年次旅行は、今回で5回目(最終回)となる。これは、2007年から始まった。当時の安倍晋三首相が、東アジア首脳会議(EAS)加盟国(アセアン諸国、豪州、中国、インド、ニュージーランド、韓国)から毎年6,000人程度の青少年を日本に招く350億円規模の交流計画を実施する旨を表明した。

この計画の目的は、青少年交流を拡大し、この交流計画を通して深められる相互理解と信頼を築くことにより、アジアの頑丈な団結の基礎を確立することである。この旅行(12月6日~18日)には、史跡、教育機関への訪問、及び1週間に及ぶホームステイが含まれており、それらの全ては、将来に対する‘共通の展望’を構築するという見解で、各国の参加青少年達の間に強い共同体意識を生み出すことを願っている。

学生達が訪問する場所の中には、京都の金閣寺、広島の平和記念公園、及び東京にある江戸東京博物館や日本科学未来館が入っている。

ブルネイ代表団は、9名の学生から成っている。-シャズワン・ビン・ユソフ君、ムハンマド・シャリフディン・ボエスタマム君、ムハンマド・アキルル・ムスタキム・マクシュド君、モハンマド・アジジ・ラドン君、ムハンマド・ダニアル・ラバアイ君、ヌル・カイラ・ベサルさん、ヌル・カマリナ・シャミナンさん、ノール・アマリア・モハンマド・リズクンさん、及びヌルファティマ・サニフさん。この学生達には、2名の教師-モハマド・シャー・ムハマド・ルティフィ・アスマト氏とハシファ・ハンナ・ハシムさん-が同行している。

このプログラムに備えて、学生達は、9月23日から11月27日までの間の毎週金曜日と日曜日に複数の訓練セッションを行ってきた。それらの訓練セッションには、日本語クラス、カンポン・アイール(水上集落)やロイヤル・レガリア・ビルへの訪問、ジャマ・カサールの祈りのやり方についてのレッスンが含まれている。

文化交流の一環として、学生達は、11月24日のドゥア・セラマット(平安の祈り)において、学校局職員、校長、及び両親の前で行なった伝統的な踊りを準備した。

代表団は、12月18日に帰国する予定である。

(B.B.2011年12月6日)

11月19日、ムアラ港埠頭で開催された歓送会において、青年達は、さよならを言い、ブルネイでの短い時間を祝福したので、第38回東南アジア青年の船プログラム(SSEAYP)の一環としてブルネイを訪問していた青年達にとって楽しくも辛い経験となった。

青年達は、11月16日にブルネイ到着後からブルネイの家庭でのホームステイに参加してきた。そして、青年達とホームステイ先の家族の両方共、埠頭で顔に多くの涙を流していたので、さよならを言うのは目に見えて悲しそうだった。

イスマイル・ビン・ハシム文化・青年スポーツ省事務次官代行は、来賓として歓送会において、青年参加者に、「これは、終わりではありません。これは、あなた方の旅の始まりです。」と語った。

「あなた方は、ブルネイでの短期間の滞在で、私達の文化、伝統、言語、及び生活様式を経験することができたことを望みます。あなた方が新しい両親、兄弟姉妹と一緒に過ごした時間は、あなた方に新しい経験と思い出を与えたと確信しています。」と、同氏は語った。

同氏は、「青年達が、ブルネイと彼らのそれぞれの国との間の違いや類似点を見つけるかもしれない一方で、一つのことが確かであります。それは、彼らが築いた友好の絆が永遠に続くということです。」と語った。

同氏は、このプログラムを、より良いアセアンと世界を築くために様々な分野についての彼らの見通しとアイディアを共有することによって、参加者に将来のリーダーとして育つことを助けると同時に、一つのコミュニティとしてアセアンと日本の青年達がどのように一体になることができるかを参加者が研究する機会の扉であると評した。

「参加した青年達とホームステイ先の家族との間で確立した友好、習得した貴重な知識及び経験は、財産となるべき価値ある結果です。」と、同氏は付け加えた。

参加者代表として、フィリピン派遣団の青年リーダーであるアーリン・ラッシェルKマカラヤンさんが、スピーチを行った。

「私達がブルネイについて考えるとき、私達は、その場所がいかに小さいかではなく、最も暖かい歓迎で私達を受け入れてくれたその心がいかに大きいかについて思い出します。」と、彼女は語った。

「この国の人々と時間を過ごすことは、私達の期待を上回るだけでなく、私達を毎日ますますこの国の人々のことを大好きにさせました。」と、彼女は語った。

日本人参加者の宮崎めぐみさんは、11月19日に小紙に話し、そしてブルネイの人々が非常に歓迎してくれたことに感謝の意を表明した。

「ブルネイは、そのように素晴らしい、グリーンの国です。ブルネイの人々は、非常に親しくて、かつ非常にお互いが友好的です。」

もう一人の日本人参加者の水野りささんは、11月19日小紙に話し、ブルネイにおける経験についての彼女の考えを共有した。

「これは、私にとって初めてのイスラム国への訪問でした。私達がモールにいた時、私達は、私達と同じ年頃の女の人たちが頭にスカーフを巻いているのを見ました。私達は、彼女達が身に付けているものにいかに厳格かについて驚きました。」と、水野さんは語った。

「私は、ここに来る前に、ブルネイがどこにあるのか知りませんでした。しかしながら、ここの人々が非常に暖かく、親しみやすく、そして手厚いもてなしをしてくれることを知りました。」

11月19日の歓送会では、主賓が青年参加者の国家リーダーに記念品を贈呈し、その後、“平安の祈り”(ドゥア・セラマット)を行なって閉会した。

この歓送会には、マリアム・ビンティ・ウラト青年スポーツ局長代行(今年のプログラムの組織委員会議長)、アセアン諸国の大使、及び日本大使も出席した。

今年は、ブルネイがSSEAYPに参加して26回目となる。SSEAYPは、国際的な青年交流プログラム、特にアセアン諸国と日本の青年のための交流プログラムである。

参加11ヶ国から330名の青年達を運ぶこの船(富士丸)は、11月19日にブルネイを出航し、現在インドネシアのジャカルタに向っている。

(B.B.2011年11月20日)